菊理媛巡り vol.14 交野市「星田」へ

こんにちわ。心彩サロンの角田です。

今日は、前々回に行った交野市について掘り下げてみようと思います。

七夕ゆかりの織姫の里 

「星」にまつわる地名、伝説がたくさんある場所です。その中の一つは、交野市の中心部を流れる天野川。

稲作が始まった頃、この土地は作物が豊かな野だったので、「甘野」といわれたそうです。川は甘野川、田は田というふうだったとか。

平安時代になると「交野ヶ原」へ遊猟に訪れていた宮廷人が、歌合わせの際に夜の大空に星の連なる「天の川」になぞらえたことから、この名が定着したと伝えられています。

この天野川にかかる橋は「逢合橋」(あいあいばし)。織姫をまつる機物(はたもの)神社、彦星をまつっていた中山観音寺跡(なかやまかんのんじあと・枚方市)の中間点にあり、七夕の夜に二人が出会っていたと言われる場所です。

星が降ってきた八丁三所伝説の土地

あの有名な空海が関連している街。平安時代に空海が交野市の観音寺を訪れた時のこと。夜に寝ていると、枕元に大きく光り輝く仏様が現れました。仏様はすーっと消えてしまいましたが、あまりにも素晴らしいお姿に感動し、どこから来られたのか訪ね歩きました。そして交野の山中にある、獅子窟寺というお寺にたどり着き、そこに祀ってある仏眼仏母尊(ぶつがんぶつぼそん)であることが分かりました。

そこで、この寺にある大きな岩の穴で仏様にお祈りをしました。すると、天から7つの星が3ヶ所に落ちました(妙見山と光林寺、星の森)。

この三か所が正三角形(一辺がおよそ900mで八丁)になっていて、「八丁三所伝説」として伝わっています。

物部氏との関わり
物部氏は、皇祖神を除いて「天孫降臨」「国見」の逸話をもつ唯一の氏族。その遠祖は、伊弉諾命、伊弉冉命の子「天照大神」系「邇邇芸命」の兄「饒速日命」であるとされています。
神武天皇東征時以前に既に河内国河上哮峰(いかるがのみね)に「天磐船」に乗って天降りました。
物部は勢いに乗り、当時は各地に物部と呼ばれる領有民が置かれていたそうですが、蘇我氏と対立して物部ー蘇我戦争に敗れました。「壬申の乱」後に石上氏の名で物部氏の系譜を継ぐ大臣が現れ、奈良時代末頃まで活躍しました。しかし、藤原氏の進出により物部、石上氏は滅びました。
結界が張られた街
星田妙見宮」から東に流れる天の川を挟んだ等距離に「天田神社」があります。さらに「磐船神社」と結べば、聖地を表す結界の二等辺三角形が浮かび上がります。
星田妙見宮
ご祭神・・・天之御中主大神(アメノミナカヌシノオオカミ)
      高皇産霊大神(タカミムシビノオオカミ)
      神皇産霊大神(カミミムシビノオオカミ)

星田妙見宮に落ちた隕石は、専門家が計算したところ、816年7月23日に北斗七星の方向から来たペルセウス流星群ではないかと推定されました。

妙見信仰

北極星が天体の中で不動の中心におられる宇宙の根源の大霊として「北極星」を高貴な星として崇め、北極星とそれを補佐して万物に恵みを与える北斗七星を神格化し、天之御中主大神とした信仰。

御神体・・・織女石(たなばたせき)

御神紋は・・・北斗八星。織女は七夕の織姫のことであり、同時に北辰の神格を指します。

天之御中主大神と同一神

物部氏が最高神として祀る「豊受大神」は、一族の祖先神、「天之御中主大神」と同一神。また、北斗七星から降臨した天女でもあると言われています。


天田神社
ご祭神・・・表筒命(うわつつおのみこと)、中筒命(なかつつおのみこと)、
底筒男命(そこつつおのみこと)、息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)
平安時代に入り住吉信仰が流行し、磐船の神も海に関係あると考えられました。物部の衰退もあり、交野の神社の祭りはニギヤハギノミコトから海神である和歌の神である住吉四神に変わりました。

磐船神社
ご祭神・・・物部氏の遠祖神(とおつみおや)天孫饒速日命をお祀りする神社
天孫饒速日尊(にぎはやひのみこと)は天照大御神により、天の磐船で河内国河上哮ヶ峰(たけるがみね)に降臨された。また、天孫饒速日尊が降臨に際して天空より国土を望み、「虚空(そら)見つ日本國(やまとのくに)といわれた ことが「やまと」という国号の始まりとされています。のちに大和國に入り、大和河内地方を開発し建て国の礎を築き、人々より天津神(天よりこられた貴い神様)と崇敬された神様です。
岩窟巡り
磐船神社の岩窟は、古来より神道家や修験道の行場として知られています。
交野市の南端、天野川の渓谷沿いにあり、「天の磐船」(あめのいわふね)とよばれる天野川を跨ぐように横たわる高さ約12メートル・長さ約12メートルの舟形巨岩を御神体としています。

磐座・磨崖仏巡り

磐座とは巨石や奇石を神様の御霊の宿るもの。そして降臨されるものであるという日本人に昔から伝わる信仰です。そして日本の磨崖仏の多くはそのような神が宿るとされるような岩に彫られていることが多いようです。

 
星田妙見宮」を「織姫」、「天田神社」を「彦星」、そして「磐船神社」を「子宮」として捉えられているそうです。

頭の中ではこのように構成されているのですが、まだ行けてません。
この事だけに限らず、なぜだかいろんな事が止まって、今は動く時ではなさそうです。
いろんなことが、待て!待て!待て!と言っているように聞こえます。
なので、少し考えてみました。

1の星  石川県白山市「白山比咩神社
ご祭神は白山比咩大神菊理媛尊(くくりひめのみこと)
菊理媛尊のくくは、「くくる」という意味。
石川県金沢市「瀬織津姫神社」ご祭神は大禍津日神。
菊理媛尊大禍津日神瀬織津姫
瀬織津姫は、水の神、祓戸大神、北斗七星でもある。
最初は意味が分からなかったけど、だんだん謎が解けてくる。
菊理媛尊は数字のを表す。
瀬織津姫は数字のを表す。

2の星 名古屋市「熱田大社
ご祭神は熱田大神
※三種の神器の一つである草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を御霊代(みたましろ)としてよらせられる天照大神のこと。
草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)は、須佐之男命(すさのおのみこと)が出雲国簸川 (斐伊川ひのかわ)の上流にすむ岐大蛇やまたのおろち)を退治した時に大蛇の尾から出たと伝えられる剣。

3の星 大阪府交野市「星田妙見宮
ご祭神は天之御中主大神
御神紋は、北斗
三か所に降った星の場所は一辺がおよそ900m()の正三角形

この旅は、菊理媛尊瀬織津姫と一緒にを括る旅。
そして星を括る旅なのだ。その場所はきっと北斗星を描くはず。
それなら自ずと次の場所が見えてきた。
長くなりましたが、最後まで読んでくれてありがとう!