こんにちわ。心彩サロンの麻祈(maki)です。
今日は尾道の「千光寺」の続きです。
千光寺は、西暦806年(大同元年)に弘法大師が開基とされた真言宗のお寺として有名です
※千光寺のホームページより伐異
玉の岩との不思議な因縁「大師堂」
千光寺玉の浦大師の由来によると『当弘法大師尊像はかって霊場高野山に安置せられ、あまたの信者達、日夜に広大無辺なる御恩徳をお授けしつつありましたが、或夜侍僧に「吾、高野を立ち出でて西方玉の浦に赴き衆生を済度せん」との霊夢を下し給い、世にも不思議なる話と伝えられておりました。歳経て、当地篤信者、山中善一氏の夢枕にお大師様がお立ちになり、千光寺に弘法大師奉安の儀を発願し尊厳崇高なる御尊像を捜し求めつつありしに、はからずも此の尊像を御迎えすることになったのであります。
旧名を玉の浦というこの尾道でしかも往昔夜光の宝珠が輝いていたと言う玉の岩の下に此の尊像を奉安することは誠に不思議な因縁によるものと言うべきでありましょう。
というわけで、弘法大師さんの「尾道」を救わねば!という思から「千光寺」に弘法大師像お祀りすることになったと言われています。
ちなみに、この「弘法大師」は「空海」の死後につけられた諡号という名前であり、さらに空海の出家前の名前は、佐伯さん。佐伯 眞魚(さえき の まお)さんと言うらしい。そう聞くと、一気に親近感が沸くのは私だけですかね?
「文学のこみち」を通って千光寺に行く場合、途中で広場が現れます。そこからの眺めを撮影してみました。造船所と海と山という、いかにも尾道という印象がなんだか和みます。
小休憩をしてまた「文学のこみち」を散策。。。
この道は千光寺の大師堂へとつながっています。
大師堂
三十三観音堂本堂
千光寺名物の一つで、「カチカチ数珠」があるお堂です。
幸せを念じながらゆっくり数珠をと引くと、珠が上から落ちてカチカチと音がします。
関西一円の西国観音霊場の各札所の御本尊、観世音菩薩33体が祀られ、ここにお参りすると西国観音霊場を巡拝したのと同じ功徳があると伝えられています。
本堂
梵字岩
鏡岩
玉の岩
「鏡岩」は、玉の岩や太陽の光を反射させていたと伝えられる岩。
そこだけ丸く、本当に鏡のように見えます。
弘法大師も凄いのですが、私は「菊理媛」を探している。
「菊理媛」それは本堂の裏手の「くさり山」がヒントです。
くさり山
千光寺の鎮守は熊野権現と石鎚蔵王権現。千光寺本堂裏には石の鳥居があり大正時代から石鎚蔵王権現が奉られていたそうです。熊野権現=菊理媛ということは、vol.9の石川県「瀬織津姫神社」での記事に書いています。
かなり急ですが、このくさり山にはクサリが繋がれていて、一般の人でも登ることができます。
というわけで、今回の「菊理媛」のレポートは終了です。
でも、千光寺公園にはお寺以外にもいろいろ見所があって、今回どうしても見たかったのが「猿山」。なぜかって、小さい頃よく行っていたからなんですが。。。
あれ、猿がいない?
あ、いた!!
穴から出てきて、手すりにつかまって登っていく猿
声をかけたけど、ひたすら無視
帰ろうと思ったら、もう帰るんかって感じで振り向いてきましたけどね。
私が小さいときは、2、30頭くらいいましたが、もう1匹しかいないそうです。
変わっていきますね。。。
尾道は小さな港町ですが、みどころがいっぱいで、年中観光客でいっぱいの街。
紹介していないところもまだまだいっぱいあります。
広島県の観光行く際は、ぜひ尾道にも寄られてみては。
では、今日はこのへんで。
読んでくれてありがとう!